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ボーと生きていられる人生なら
ゴールデンウィークの真っ只中、ぼくの生活は普段となにも変わらない。変わりようがない。テレビでジブリの「耳をすませば」を見た。見たかったというわけではない。ほかにやることがなかったわけでもないが億劫だったしボーとしていたくてテレビをつけたらちょうど始まったところだった。このアニメははじめてではなかったが見たのはずいぶん昔のことでぼんやりとしか覚えていなかったから、ああこんな話だったか、と思いながら集中することもなく見ていたら、あああっ、となった。雫が太った猫に誘導されるように入った地球屋でおじいさんが古く大きな柱時計のゼンマイを巻くという場面だった。文字盤に「Porco Rosso」と書かれていた。“知る人ぞ知る”なんだろうが、宮崎さんやったな、とぼくは思った。いずれにせよ、ぼく以外の人には“どうでもいいこと”に違いない。
どうでもいいことに答えられないと、ボーっと生きてんじゃねーよ!、と小生意気な幼女に怒鳴られる公共放送の人気番組がある。ぼくはごくたまにしか見ないがその都度、ボーと生きていてなにが悪い、といつも同じことを思う。ボーと生きるというのはどんな生き方より賢くしかしだからとても難しい。どうして。不安や心配は人生に付き物だがボーと生きるには不安なし心配なしが必須条件だ。人生の一番の関心事は自分はいったい何歳まで生きるのかということに違いなく不安と心配の源になっている。終活などという言葉が老人の間で流行っているらしいが周囲はともかく本人の不安と心配がそれで解消されるわけもなく負の感情をいっそう掻き立てる。不安と心配の本質は確実に来る終わりがいつ来るのかその時がまったくわからないというところにある。だからボーと生きていられるのならその人生は賢いのだし成功者と言ってもらえなかったとしても最高に幸せな人生だ。ぼくはまだボーとできずに生きている。 2026年5月2日 虎本伸一(メキラ・シンエモン)
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